なぜ私は「講師を育てたい」と思ったのか
- 日本トルコモザイクランプ協会|花崎かおり

- 2月5日
- 読了時間: 2分
トルコモザイクランプを教え始めた頃、正直に言うと、「講師を育てたい」なんて考えていませんでした。
ただ、この灯りの美しさを、手仕事の楽しさを、目の前の一人に、丁寧に伝えたい。その気持ちだけでした。
教室を続けていく中で、少しずつ気づいたことがあります。
それは、ランプを作る時間が「作品を完成させるための時間」ではなく、その人自身を取り戻す時間になっている、ということ。
黙々と手を動かしながら、色を選び、灯りをともす。
その過程で、表情がやわらぎ、言葉が少しずつ変わっていく。
そんな瞬間を、何度も目にしてきました。
ある時、長く通ってくださっている方が、こう話してくれました。
「ここに来ると、“私に戻れる”気がするんです」
その言葉を聞いたとき、ふと思ったのです。
この時間を、この灯りを、私ひとりで抱えていていいのだろうか、と。
もし、この灯りを伝えられる人が増えたら。
同じように、誰かの暮らしに、そっと灯りをともせる人が増えたら。
それは、ランプの数が増えること以上に、意味があることなのではないか。
そう思うようになりました。
講師になった方たちも、最初から「教えたい」と思っていたわけではありません。
多くの方が、「好きだから続けていた」ただそれだけです。
続けるうちに、「誰かにも伝えてみたい」そう感じるようになった。
私は、その気持ちをそっと後押ししたいだけなのです。
講師を育てたいと思った理由は、“教室を増やしたいから”ではありません。
灯りを、文化として残したい。そして、灯りを通して、人と人がつながる場を未来に手渡したい。
そのために、一人ひとりと向き合いながら、講師を育てています。
無理に目指さなくて大丈夫。途中でやめても、立ち止まってもいい。
でも、もしどこかで「伝える側に立ってみたい」そう感じたら。
その時は、一緒に考えます。
灯りは、急がなくても、ちゃんと広がっていきます。




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